中部日本新聞(中日新聞)
昭和24年(1949年)
- 7月6日
- 下山国鉄総裁行方不明 きのう本庁へ向ったまま/三越前で姿消す/三越で手掛りなし 七刑事捜索/大西運転手を取調べ/連合軍も捜査(UP=共同)/堀崎一課長談
- 7月7日
- 下山総裁の轢死体発見 他殺の疑い深まる 常磐線上で非業の最期/死後にひかれる 最高検解剖結果を発表/暴力は断固粉砕 法務総裁 対共策を表明/下山総裁の死体と確認/塚本鑑識課長談/警視庁の他殺視する根拠/四散する死体 鬼気迫る現場/糾明に全力を擧ぐ 警視庁に捜査本部設置/背後関係重視 治安閣僚会議/一刻も早く解決 馬場検事語る/自殺と思えぬ 加賀山副総裁/“豪放な男” 増田官房長官/何ともいえない 鈴木副委員長談/“発狂ではないか” 徳田氏、奈良で語る/総裁は当分空席/国鉄当局談発表/断定、両三日中に 困難を極めた解剖 立会の法医学教授古畑種基氏談(共同)/大西運転手の取調続行(共同/国鉄労組代表ら弔問)/中日??(判読不能)/下山総裁の死 死体を確認するまで/九日に葬儀/整理に苦悩の日夜 国鉄生き抜きの逸材/帰郷の途中悲報を聞く 長男の定彦さん/“働く者へも深い理解” 名鉄局長時代を語る鈴木氏/志鎌名鉄局長談
- 7月8日
- 下山事件・本格的捜査へ/怪しい三人連れ 現場付近に目撃者現る/三越地下の喫茶店で密談? 支配人が証言/注目の毒物検査 ポケットの薬包は胃薬? 秋谷教授談(共同)/確証を得ず 特捜本部発表/撲殺か毒殺か ナゾの待人は面識者 堀崎課長推理(共同)/下腹にけり跡 死んだのは五日夕刻 解剖意見書
- 7月9日
- 下山事件 私は他殺とみる 解決は案外早い 渡辺前課長はかく推理 断定できぬ(堀崎課長発表) 反証未だし(山内検事語る)/自殺、他殺四分六分 推定される両説の焦点/死亡は夜九時ごろ “運ばれた死体” 解剖と実験の中間報告(共同)/ゆうべの発表/ポケットの薬は睡眠剤/機関区長に脅迫状/観劇説も出る/結婚祝の贈物? 三越行は単なる買物か/祭資下賜
- 7月10日
- 下山事件のナゾを追って 二つのナゾ 三越付近のナゾ 発見現場のナゾ/捜査陣慎重/パリの各紙はトップ 外国新聞、通信界の反響/持久戦の気配濃厚 “旅館の男”は無関係か/銀行へ重要書類 一週間前に預けた総裁/盛大に国鉄葬/第二現場付近に密会場所か?/三越「香港」で密会の男
- 7月11日
- 二自動車の取調開始 第二現場の捜査に全力/九分どおり“総裁” 旅館の男に意見一致/前日にも銀行へ 注目される総裁の行動/第二現場でカギを発見/「末広」を尋ねた人/そっくりな男を目撃/待合の女将を取調べ
- 7月12日
- 下山事件 背後関係に新事実 極め手をつかむ 身辺の徹底的調査へ/自殺説を再検討/末広旅館の証言重視/“殺されるかも知れぬ” 信さんに語った総裁/堀崎一課長談/警視庁の面目にかけて カミソリ部長 坂本さん大いに語る/意識を失ってひかれたもの 秋谷教授語る/現場に懐中電灯?
- 7月13日
- 下山事件 検察側“他殺”で押す/他殺の断定動かず 東大の科学分析 近く総合的結論/死体はうつ伏せに 古畑教授・注目の判定 古畑教授談/三越で目撃 三店員が証言/まくらカバーから毛髪発見 末広旅館を捜査/地下鉄で秘密会見? 総裁の行動にも不審/キセルと鉛筆を発見
- 7月14日
- ケ殺し説に反証? 捜査持久戦へ/貨物列車を再調査/他殺、自殺両面から 事実捜査に重点 堀崎課長語る/眼鏡は総裁のものではない 人影は見かけず/新盆を迎えた魔のガード下
- 7月15日
- 捜査方針変更か 大西運転手二課で取調べ/解剖には左右されぬ 捜査は複雑だ 坂本部長一問一答/行詰りでない 堀検事正語る/機関車を点検 田端駅で綿密な実地検証/県庁菌は五十万円/三越五階で待人? “よく似た紳士を目撃”/堀崎一課長談
- 7月16日
- 下山事件振出から出直す/総裁とは違う 第二現場に新証言/観劇説再び浮ぶ 総裁を探しに行った大西氏?/堀崎一課長談
- 7月19日
- 下山事件 自、他殺の断定長引く 解剖結果を根拠 他殺の線で進む 堀検事正語る/自殺とみる 関口警部補談(共同)/現場の自動車無関係
- 7月20日
- 下山総裁自殺説の根拠 “法医学”の結論は果して絶対か 小笛事件では覆された/地図を案ずる男 現場に目撃者現わる/大西運転手白日の身に
- 7月21日
- 大男をかついで検証/堀崎課長談
- 7月22日
- “他殺の線で” 福井検事総長談
- 7月24日
- 怪電話は無関係 下山事件・第二現場に新目撃者
- 7月26日
- 検察陣、自殺説へ 下山事件 ちかく決定的段階/小宮博士も証言 帰名談
- 7月27日
- 自殺断定は暴論 堀検事正注目の言明/ただ真相糾明へ 堀崎課長談
- 7月29日
- 下山事件・生体れき断の証 噴射状の血痕 特捜本部 列車再検の成果
- 7月31日
- “死後にレキ断” 法医学会席上重ねて強調/根本的対立なし
- 8月4日
- 最終的結論未し 合同捜査会議なお慎重/さらに捜査続行/“下山総裁自殺”と推定すれば/有力証拠はある 田中総監語る
- 8月31日
- 死因で依然対立 衆院で法医学陣喚問
昭和53年(1978年)
- 4月30日
- 米公表の外交文書 戦後史ナゾ増幅/「犯人すでに逃亡」 朝鮮人犯人説 条約問題の席上で/なにを根拠に 頭かしげる捜査当局者(朝刊)
昭和63年(1988年)
- 2月25日
- 疑獄当時の検事総長 布施健氏死去(夕刊)
平成2年(1990年)
- 7月17日
- 八十島信之助氏死去(朝刊)
- 12月5日
- 矢田喜美雄氏死去(朝刊)
平成4年(1992年)
- 10月19日
- 下山博也氏死去(朝刊)
平成10年(1998年)
- 1月30日
- 鈴木清氏死去(朝刊)
平成11年(1999年)
- 3月22日
- 20世紀ふくいの人(6) 初代国鉄副総裁、第2代総裁 下山事件処理などに奔走 加賀山之雄(朝刊)
赤石英氏死去(朝刊)
平成16年(2004年)
- 4月12日
- 書評 下山事件(シモヤマ・ケース) 森達也著 「主観的な真実」に重さ 評・枝川公一(夕刊)
平成18年(2006年)
- 10月17日
- 坂本智元氏死去(朝刊)
平成19年(2007年)
- 5月25日
- 評伝 熊井啓さん死去 社会の病巣、激しく告発 緻密な手法で真実追求(夕刊)