トップ > 下山事件関連本 > Prev > 『下山事件の謎を解く』 > Next

『下山事件の謎を解く』

『下山事件の謎を解く』、堂場肇(著)、昭和27年(1952年)、六興出版社

昭和27年(1952年)出版の本書は、下山事件のみを扱った文献としては最も古いものです。著者の堂場肇氏は時事新報の記者で、本書は時事新報に連載されたものをまとめたものです。

話をなめらかに運ぶための方便として「茂木博士」という、本書における「唯一の架空人」を登場させ、J君という人物との会話や書簡のやりとりをとおして事実確認や推理をしていますが、あまり適当な方法とは思えませんでした。昔の新聞などを見ると、記者同士が対談形式で下山事件の捜査の経過を説明をしていたりしますが、こういう書簡のやりとりや対談といったスタイルは、当時は今よりもフォーマルな形で多用されていたのかもしれません。

内容は、自殺説と他殺説の両方を紹介していますが、管理人が読んだ限り、著者の堂場氏の肩入れ具合は、他殺説8対自殺説2くらいといったところでしょうか。他の文献では、軽くさらっと触れられているだけの成田屋の女将のアリバイについて、かなり多く紙面を割いている点が特徴です。ただ、その後に出版される他殺説の文献に出てこない情報は特に無く、矢田喜美雄氏の『謀殺 下山事件』などのほうが、情報量も多く、推理も興味深いのではないかと思います。この本には、成田屋の外観、千代田銀行私金庫、東大法医学教室の解剖台、5.19下山缶の文字が書いてあった場所、殺人予告の電話の受話器を取った人物など、他の文献に見られない珍しい写真が多数あり、その点非常に面白いです。事実確認に関しては、ややいい加減な印象で、末広旅館に現れた紳士は一本も煙草を吸わなかった、とか機関車の底面にはほとんど油は無かった、といった下山事件関連文献に伝統的(?)に見られるいくつかの間違いがこの本にもあります。

巻末で「茂木博士」は、現場で眼鏡などの総裁の所持品のいくつかが発見されていないこと(犯人が現場に置くのを忘れた)、衣服に染料や油が付着していたこと、線路上に血痕を残していること、死体を列車に轢かせるのは洗練された方法ではない、という理由で、下山事件は巧妙な完全犯罪とは言えず、犯人は殺しのプロなどではなく「ずいぶん間抜けなやつ」であると推測しています(p213)。ただ、犯人が具体的にどういう人物かまでは明言していません。本書では成田屋の女将や、左派勢力などがしばしば言及されていますが、GHQ関与説(事件後の結果としての政治利用ではなく、他殺への関与という意味)は見られず、古い時期の他殺説の対象は、主に女性関係と左派関係に限られていたといえるかもしれません。他殺説は時が経つにつれ、どんどん複雑化している印象があります。

トップ > 下山事件関連本 > Prev > 『下山事件の謎を解く』 > Next